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いじめという言葉に関して思うもの

そもそも論でいえば

いじめという言葉自体が過剰に婉曲している

のです。いじめという内容で行われているものは暴行です。単なる刑事犯です。まずはその認識がないのがダメです。むしろ直接的な暴力やカツアゲを喰らっていたのなら記録しておいていざという局面に実名込でマスコミや2chの少年犯罪板や既婚女性板に学校や警察を経由せずに書いてしまえばいいのではないかと。もちろんその前段階で探偵会社を通じるなどしていじめた側の親御さんの会社での状況をつかんだ上で人事などに直にぶちこむのも入ります。とにかくその家族に対して一家離散レベルのダメージを与える算段を整える必要はあります。子どもが刑事犯なのですから当然でしょう。

という風に独身で子供をもう持つつもりもない自分は感じています。でも教師側からすれば自分が担当しているところでいじめと呼ばれる刑事事件があったらたまったものではないです。感覚としては担当したクラスの中にバカがいただけで自分の人生を棒に振られたんじゃたまったものではないです。数十年前を思い出し中学生男子の心理を考えれば

いじめられていることを誰かに泣きつくのはカッコ悪いし、負けた感。

があるので泣きつけないです。教育評論家の人がこういう中学男子の心理をわかっているのかが疑問です。なので加害者・被害者双方とも教員側に知られたら負けくらいな感じでいじめという現象が行われています。そういうビミョーな感覚をわかってほしいなと特に教育評論家側の人に対して感じます。今回の滋賀県大津市の皇子山中学のケースでは親御さんがPTA会長という突っ込みづらい設定だったのを考えると、教育委員会の評価基準が、

いじめを摘発した数が多いほど人事評価をプラスにする

くらいにしないとダメなのではないかと感じます。今の人事評価だと「いじめがある=クラスを管理できていない」的な扱いになるからいじめと呼ばれる刑事事件があることを認めづらくなります。いじめと呼ばれるものは内輪もめじゃなくて単なる刑事犯だという風潮にしないと同じような悲劇が今後も続くのでは?と感じています。受け取った側がどう感じるかが問題なのは言うまでもないです。加害者は「ちょっとしたいじり」のつもりも多々ありますから。そもそもいじめが全く存在しないと考えることのほうが不自然です。あるものと考えていかにつぶしていくか?を考えるほうが合理的です。

とにかく面白半分でいじめと呼ばれる犯罪をすると先々の人生痛い目にあうよという教育をしていかないともうダメなのではないか?というのは感じます。経済学を長くやると「他人のモラルに期待する」という思考がなくなってしまったなぁというのを感じてしまいました。

テーマ : いじめ
ジャンル : 学校・教育

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No title

ありがとうございます。

本文中に書き忘れていましたが、集団で比較的弱者に近い一人を追い詰めるのは卑怯な行為だということと、卑怯は何よりも悪という教育も必要なのかなと感じています。

弱者に対する攻撃性は卑怯の最たるものと感じていますし、卑怯は絶対悪という教育をしていかないとダメなのではないかと思っています。

No title

わたしもこのいじめ問題についてわたし自身のいじめ経験を交えて記事を纏めてみましたが、熱くなりすぎて気が付くとかなりの長文になってしまいました。
度を越したいじめは犯罪だと思います。
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