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裕美といえば・・・

さーて久々に迷惑メール載せてみましょう。とはいっても迷惑メール自体が主ではないと思いますが。今回は裕美さんです。

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差出アドレス:Hiromi(nimobamo332@yahoo.co.jp)
件名:ちょっと大胆すぎました。
申し込んでから後悔しているなんて絶対思いたくない。

裕美
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さっぱりわけはわかりませんが、「裕美」という名前には自分の中で強烈に食いつく何かがありました。それは後回しにするとして続きです。

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件名:見てくれましたか?
本文:見てくれましたか?

最近、男性とお付き合いがなかったので、本当のことですけど。

私もそれなりの年齢になりました。そしてここだけの話、慰謝料もたくさんいただいたし。本当の人生をこれからスタートしたい
私の決意です。
http://www.from-land.com/boom
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裕美さん、どうやら×1になったようです。そして裕美さん、割り切ったお付き合いがしたいということです。正直なところ最近新鮮味があるネタがありません。中国から来ている子とクリスチャンの一条雅ちゃんくらいしか最近面白いなぁと思える設定がありません。何かもう少し頑張れ!ってわけもなく応援しちゃいます。

自分の中で裕美といって連想してしまうのは、もちろん

ヤヌスの鏡

テレビドラマのほうです。オーディションで抜擢された杉浦幸が小沢裕美役(兼大沼ユミ役)でいきなりデビューというものでした。このドラマですが、今までの人生の中でこれほどまでにぶっ飛んでいて、これほどまでに一人一人の登場人物がエキセントリックだったドラマを知りません。

私生児として生まれた杉浦幸(裕美のほう)は初井言榮演じるおばあちゃんに厳しくしつけられてました。「おまえはふしだらな女の娘だ」という言葉とともにお香の煙が出ている部屋で棒でばしばし叩かれていたものです。そんなわけで、

・煙、ガラスの割れる音、ぶたれる音があいまって突然別人格(ユミ役)に変身する

このユミ役の間裕美役は存在していないわけなので、「どこをほっつき歩いているんだか」みたいな感じでおばあちゃんに怒られてばっかりでした。そしてそれがエスカレートしたおばあちゃんが強烈なせりふを発したわけです。

悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散

祈祷師を呼んでひたすらこのせりふを連呼するおばあちゃんの鬼気迫る演技は見ていて怖かったですね。こんなおばあちゃんがいたら絶対に嫌だと思わせるリアリティがありました。それ以外にもこのドラマには本当に強烈ネタが満載でした。

・生徒会長役宮川一郎太のエキセントリックさ
・風見慎吾のちょっと間抜けな感じと無駄にブレイクダンスをする様
・宮川一郎太の父は刑事であるが言うまでもなく蟹江敬三であること
・大沢逸見の毎度毎度の不良グループのリーダーというワンパターンさ

一番キャラが弱かったのがスクールウォーズであれだけ強烈な演技をかましてくれた山下真司であることがこのドラマの一人一人のキャラが濃すぎということを伝えられるかと思います。そして何より強烈なのがせりふの数々。一体どうやったらこんなせりふが浮かぶのか?と思います。本当にこの脚本家は神です。もしアドリブで演じていたら、その人が神です。では強烈なせりふをいくつか。

まずは裕美の別人格ユミのせりふから。
・いまのアタシはギンギンに血が燃えたぎってるんだ。さわるとヤケドするよ!
・アタシは蜃気楼の国に住んでいるんだ
・先公(山下真司のこと)、アタシの負けだ・・・抱きなっ!
・ババア、泣くのはやめな。ババアが泣けば足元からウジがわくって言うじゃないか
・どいつもこいつも辛気くさいツラしちゃってさ
・おじさま(高橋悦史のこと)。レッツダンス
・肉が食べたいわ。ステーキ300g
他にも
・天の川で夕涼み
・北風だけが知っていることさ
なんてのもありました。

今度の木曜日で仕事が一区切りつくから、ヤヌスの鏡のレンタルビデオかDVDがあったら借りてこようかなぁ。若い人でもエキセントリックさに笑うことができるはずです。「今夜はAngel」歌いたくなってきた。今度カラオケに行くときにはこの歌を歌おう。
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中田英寿が引退

するようです。今はアクセスしづらい公式サイトにアップされているそうな。正直なところ4年後「人徳あるベテラン」というポジションにつける感じはないし、ここから4年どうやってテンションを維持していくのか?というのを考えると現役続行も厳しい部分があるとは思います。ワールドカップの借りはワールドカップでしか返せないのは今回のジダンが証明してくれたわけですが、中田とジダンを比べるとジダンに失礼というのもありますし、さらには7月以降プレーできる条件も加えるとまぁ致し方ないのかなと。過去の発言を考えても2010年ワールドカップを目指さないみたいなことは言っていましたし。今回のワールドカップの日本代表については、

こんな結果になることがわかっていたらカズを選んでおけ!

以外の感想はありません。日本の試合で一番感動したシーンはクロアチア戦で川口がPKを止めたときに中田が一番に向かい合って抱き合ったシーンです。端から見ていると明らかに「犬猿の仲」っぽく感じる二人が抱き合ったんですよ~。もともと「グラウンド内で感情を出しまくるのってかっこ悪くないですか?」といっていた中田と「ウザイくらいに熱い、たとえるなら松岡修造?」ってくらいの川口が「チームの勝利以外」で分かり合える部分はないと思っていたのですが、そうじゃないって事がわかって感動しましたね。試合内容は怒りまくりでしたが、あれがなかったら「海外での試合の初勝ち点」さえもなかったわけですから。

確かに98年大会では「俺と同い年の奴だけどすげえ」なんて言っていた奴が、今年大台を越えているという現実を考えるといろんな意味で現実を突きつけられる感はあります。自分も18-22歳の子を相手に仕事をしているといろいろと感じることがありまして、一言で言えば、

青臭くて生意気な奴が少なくなっている

というのを感じるわけです。なんというかこの辺の世代の人に対して自分が持っている印象は

ぬかにくぎ、暖簾に腕押し

みたいな感じでとにかくリアクションが薄いというのを感じます。何か青臭いんだけど「自分はこう思うんだけど違うんですか?」みたいに食いついてきた今年大台に乗るか乗らないかくらいの世代の反応が今にして思うと懐かしいです。社会に出て鼻っ柱は折られている部分はあるようですが、「折られる鼻があったのはある意味幸せ」というのも感じるわけです。ちょうど中田英寿もこの世代にあたります。

上の人でも納得いかないことに対しては納得いかないというし、中田英寿の場合は実際に成果を出しているということもあってそれが受け入れられてきたと思うのですが、自分がベテランとなった場合に若手が同じように喰らいついてきてほしいと感じていたら喰らいつかれなくて困ったというのはあるでしょう。そのくせ陰ではいろいろとランク付けされている感はあるわけで、何かと困ったでしょうね。自分もなんとなく直接的なリアクションは薄いけど陰でランク付けされている感は仕事の中でも持っています。

報道からもなんとなく「ヒデさんウザイ」みたく25歳前後の選手が感じてしまってしまっていたんだろうなぁというのは結果論で語れば感じることはできました。若い選手が中田英と絡んだという報道はほとんど見ることができませんでしたから。

これから先は「S級ライセンスは取得した上でサッカー界に直接絡む」「S級ライセンスはともかくとして加藤久みたくある程度研究的なポジションに入りつつサッカー界に絡む」「いっそのことサッカーから足を洗う」などなどが考えられますが、どうするのかは個人的にすごく興味はあります。

家の目の前で事故

7月2日午後11時前の出来事です。いつものように酒を飲みながらネットをしていると外から急ブレーキとともに「どすん」とすごい音が。とはいえそのときは「とうだいはんだい」のテキストを書いている最中だったから、それを書き終えてから着替えて(トランクスの上に作務衣を着ていただけだったので。一人暮らしの野郎なんてそんなもんです)

階段を下りて国道沿いに出るとこんな状態になってました。



思い切り大型トレーラーによって街路樹がなぎ倒されていました。慌てて携帯カメラで撮影したので見づらいかと思いますがご了承ください。何が恐ろしいかって、

街路樹がなかったらうちのアパートの1階部分に突っ込んでいたかも

ってことですね。とりあえずこんな形になっていました。本当に街路樹がガードしてくれなかったら突撃されていた可能性があるのはわかるかと思います。いやぁ本当にびっくりです。突撃されていたら下手すると避難生活の後引越しという可能性もありましたから本当にぞっとします。最近は「視界確保」という観点から街路樹をなくそうという流れもあるようですが、街路樹無茶苦茶必要です。これからも誰がなんと言おうと今回の出来事を持って街路樹必要説を唱えていくことにします。



結構やばいですよね?乗用車も街路灯にぶつかっていなければ民家突撃でしたし。とはいえ見た限りではどういう感じでこんな状況が発生したのか予想が全くつきません。トレーラーは上のほうから下のほうに走っていたのはわかります。でも乗用車の向きがどうにもわからないのです。可能性としては

・ゆっくり走っていた乗用車をトレーラーが強引に追い越そうとした
・左折しようとした乗用車に気づかずトレーラーが突っ込んだ
・下から上にきていて右折しようとしていた乗用車に突っ込んだ

くらいでしょうか?ただ幸いなことには日曜日の夜11時ということもあってか歩行者はいなくてけが人は出ていなかったということです。ついこないだも仕事場での話の中で

人間交通事故で年間1万人はなくなるんです。いつ何があっても不思議はないので国民年金は払いましょう

なんて話をしていたら、それがリアルに近い状況で実感することができました。ドライバーや同乗者の方にも事故はなかったようなのでそれは幸いだったのですが、ナンバーが都内のではなかったので事情聴取とか大変だろうなぁ。あとは部品の破片が相当転がっていました。事故の大きさが伺えます。

むしろ今回味わったこととしてはこの場所に住んで結構長いのですが、

初めてといっていいほど近所の人と話をした

ってことですね。近所のオバちゃんと気がつけば1時間くらい話し込んでいましたから。酒を飲んでいてテンション高めだったというのもありましょうが、とにかくびっくりです。何か事故のときとかって変に高揚感があって妙に連帯感が高まる、そんな感じです。これもつり橋理論(危機的状況で出会った男女はくっつきやすい。ただし別れるのも早い)というのの一種なのかなぁ?というのは感じました。

東大阪大学

最初「とうだいはんだい」って読んでしまいました。ネタじゃなくまじです。というかその学校の人も使っていそうです。自分がそこにいたら使います。調べてみて初めて「ひがしおおさかだいがく」なるものが存在することを知りました。自分自身「ある意味でこれでいいのか?」とは思いますがとにかく知りませんでした。最初新聞で「東大阪市の大学の学生が・・・」というのを見たときに正直なところ、

つんくや二岡智宏の母校が最初に浮かんだ

現在の4年生にも最大12の組織からラブコールがきている人がいる大学です。(この12の組織の中の一番西にあるところに行くくさいですが)学生の数も日本の中で上位10個に入っていますし、普通にここかなぁと思ってしまいました。読者の中にも卒業した方のいる大学なので、申し訳なく思うのですがそう思ってしまいました。ですが違っていました。こうやってぼかすときには可能性がある人が想定外の疑いをかけられることもありますから、注意が必要とは思います。というかこないだ「日テレアナ痴漢」で「誰だか隠していたのでリアル知人かもしれない」という不安を隠したことによって感じてしまいましたから。(結果は違いました)

ちなみに大学のサイトはこちらです。調べて見ると「幼児教育専門」の大学と短大を併設している学校のようです。そこの学生がものすごく何とも言いようのない事件を起こしました。この事件とはこんなものです。

1.4年制大学に通う野郎が短大に通うオンナノコをナンパしました
2.ナンパした後で「飲みに行こうよ」なるメールを送りました
3.そのオンナノコと付き合っていた人がそのメールを見つけました
4.実はそのオンナノコは付き合っている人と別れたがっていてそのタイミングを計っていました(これは週刊誌記事によるものですが)
5.付き合っていた人が激怒し、メール送信者を呼びつけ5時間くらいボコしました
6.ボコす際に「埋めたろか!」「暴力団関係者とつながっている」「慰謝料として50万よこせ」という言葉を吐きました
7.ボコされた側は被害届を提出しました
8.ボコされた側が別の人と相談したところ、その別の人が「埋め返す」という形でリベンジするということで被害届を取り消しました
9.ボコされた側がリベンジするために「金を払うよ」と呼び出しました
10.ほいほい出てきた付き合っている人とその友人は結果として生き埋めされました

という顛末です。何といいますかこの流れを見る限りでは一言で言えば、

どっちもどっち

ですべてが片付きます。被害者のほうも「たかだか彼女にナンパメールを送ったくらいで5時間ボコすか?」という突っ込みはどうしても消えないです。普通に考えればこれは明らかに「彼女への愛」というレベルを超えています。かなり強烈な束縛をする野郎なんだなという情報は伝わってきます。自分が付き合っている立場なら確実に引きます。といいますかこの段階で

自分の子供が入るかもしれない幼稚園か保育園にこういう人間がいるかもと思うとすごく嫌だ

というのを一番最初に感じてしまいました。何のためにその大学に進学し、何を得ようとしていたのか?というのを感じます。幼稚園や保育園だとある意味で一番人格形成される時期にそんな人間が免許を持ち指導する立場にあるのか?というのを考えると本当にぞっとします。それはこの事件の加害者にも被害者にもいえることです。

加害者のほうも5時間ボコされるくらいだから本質的には強くない人間なのでしょう。普通に軽いノリでナンパしたら思いのほかやられたので「悪い知り合いに相談」した結果、二人殺してしまっていたという状況でしょう。9人いたとのことなのでマイナスに向かったら止められないんだろうなぁ。集団のときって一人でいるときとは全然別の心理が働きますからねぇ。それはラーメン屋の行列でも痛いほど経験しています。一人だったらおとなしく行列しているのでしょうが、6人くらいで来るとやたら騒いで好き放題してしまうことはあります。これは迷惑といえば迷惑なのですが、自分も高校生や大学生の頃には集団で何かをしてしまったことはないとはいえません。今にして思えばタイムマシンに乗っていって当時の自分に説教してやりたいです。

結果的にこの事件で一番気の毒なのはそのオンナノコでしょうね。その子がノーテンキ過ぎない範囲で元気でいてくれることを祈るばかりです。

中森明菜の声

6月下旬にふと思い立ち「着歌」なるものを入手しようと試みました。某掲示板に「いまどき着歌じゃなくて着メロかよ」というやゆがあったので、時代の流れはもしかして「着メロではなく着歌なのか?」という思いはありました。そんなわけでもともと着メロを使っていたところの着歌バージョンなるものに入ってみていくつかダウンロードしてみようかと。

というかファイル形式がわかれば自分でエンコードしてどこかのスペースにアップしてダウンロードすればいいのでしょうが、それを考えるのもめんどくさいのでやりませんでした。調べてみるとmp4形式で可能という話もあるので「これだったら簡単じゃん」という思いはあります。とはいえ音量などなどを考えるともともとの目的は

電話(メール)があるという情報を確実に伝えるための手段

ですから音量もろもろを考えると結局着メロのままのほうがメリットはあるかなということに気づきました。じゃあ自分はその気づく過程で何をしたのかというと以下の二曲をサビの部分だけ着歌になっていたからダウンロードしました。

・酒井法子「夢冒険」
・中森明菜「スローモーション」

実は中森明菜の中で一番好きな歌がこれなんです。もともとデビュー曲は気合入れてプロモーションするからいい曲が多いのですが、昭和の時代はプロダクションがデビュー曲から気をいれて営業するなんてことはジャニーズ以外あんまりなかったわけで、デビュー曲がそのままベストテン入りなんてことはほとんどありませんでした。このスローモーションもベストテンには入っていません。松田聖子の「裸足の季節」も「ザ・ベストテン」で11位止まりでした。それはともかくとして中森明菜の歌の中でスローモーションは自分の中で上位です。てっきりシングルバージョンがダウンロードできるのかな?と勇んでダウンロードしてみましたが(根がギャンブラーなので試聴なんてつまらないからしたくない)、

今の中森明菜の声でうたっているスローモーションでした

なんといいますか、酒+香辛料の影響もあってか歌手として声は致命的にダメージがあります。本当に声量が全くありません。それをごまかしたような歌い方だなとしか感じられませんでした。スローモーションは17才時代の中森明菜の声で歌うからこそいいんであって、今の声では聴くに耐えないです。正直なところ金返せ!という思いを持ちました。中森明菜は現在はっきり言ってディナーショーが一番安定した収入源だと思いますが、今の声だと「裏切られた感」を持つ曲は相当多いように感じます。北ウイングの「不思議な力で~~♪」のでの部分を出すのはまず無理でしょう。

とはいえじゃあ今の中森明菜が嫌いか?といえば嫌いじゃないですし、むしろ好きなくらいです。自分の中でオンナノコの声は「低いくらいのほうが好き」ですから。ましてあの不健康さがむしろエロスをかもし出すくらいに感じています。自分の中で「健康」と「色気」はリンクしないものなのです。実際中森明菜は「歌手」「女優」としてあの少なすぎる声量では多分無理でしょう。

それでも好きな声に現在の中森明菜の「友近がネタにするようなささやき声」は比較的マッチしています。逆に20代の女子アナ(特にキー局)のなかで「この人の声が好き」という人は全くいません。ちなみに声(というかしゃべり方)が大嫌いなのは内田恭子と青木裕子です。なんか自分がオッサンになったのかマイノリティ過ぎるのか今の20代の女子アナの大部分を受け入れがたいものがあるというのを今回中森明菜の声を聞いて感じた次第です。

ちなみにじゃあ誰の声が好きですか?といいますと坂上みきと高橋恵子ありまして、20代のキー局アナウンサーであえて言うならば「ニュースを読んでいるときの高島彩」くらいでしょうか?自分の中では声にも結構こだわりがあるのですが(だからこそ元カノと付き合っていた部分もありますし)、なかなか「この声好きだなぁ」という人に会えないのがつらいところです。

巨人軍の選手へ

書いているのは30日の夜です。この日で巨人はついに10連敗です。すっかりやけ酒あおってます。冷静さはないです。感情のほとばしりが過ぎる部分もあると思います。自分自身に問い掛けたい問題としては、

おまえなんで巨人を応援しているの?

というものです。出身は名古屋ですし、普通に中日を応援すればいいのにと思うところでしょう。とりあえず豆知識としては名古屋では中日ファン(程度の軽い人含む)7割、巨人ファン(程度の軽い人含む)2割、それ以外のチームのファン(基本的に熱い)0.8割、野球そのものが嫌い0.2割という構図です。若干のずれはありましょうが割合としてはこんな感じです。

小学校5年のときに仲のいい友人が巨人ファンでそいつに触発されて巨人ファンになっていた(新興住宅地だったので巨人ファンは3割はいました)ら、そのまま高校に進学し、巨人ファンが少ない状況でますますかたくなになってしまいました。高校生ぐらいだと「マイノリティ」というポジションにいる自分に快感を持つことも多いですし、何より中日ファンにとって「ざまあみろ」という対象が自分になったという分、尚更巨人ファンをやめられなくなりました。その後は習慣です。リアルの友人からは「あんたは巨人ファンでありつづけるべき」みたいなことも言われていますし。

そんなわけで巨人ファンをしているのですが、さすがに堀内監督の時代でもなかった31年ぶりの10連敗です。6月の成績は6勝19敗というありさまです。本当に悔しい限りです。とはいえここで巨人ファンをやめたら約四半世紀にわたって巨人を応援してきたことそのものを否定するわけなのでそれはできません。とはいえ悔しいし、選手に一言言ってやりたいのは間違いないです。その言葉は、

おまえら悔しくないのか!

スクールウォーズの山下真司が109-0で負けたときにはいたせりふをそのまま投げかけたいです。プロ野球選手って年間80人しかなれないんです。実際に自分の同学年の外国人を除いたプロ野球選手は述べ82人で現役選手は18人(うち米国1人)です。ちょっと前に自分の小学校の卒業アルバムで調べたのですが、卒業生の野郎56人中プロ野球選手になりたいと書いていたのは5人。この中で高校の野球部に入った人間はゼロです。つまりものすごく厳しい中でプロ野球選手になることができるわけです。(もっとも高3夏甲子園の愛知の3番と大阪の4番は2年ですし、石川の4番にいたっては1年ですが)東京大学医学部に入るとか弁護士になるとか公認会計士になるとか本当にへみたいなものです。プロ野球選手になることができたという時点で神です。選ばれし人間です。そんなわけでこの前フリで言いたかったことは、

今の巨人の若手はプロ野球選手になれたことの喜びや誇りを感じているのか?

こういう問いかけをしたくなるわけです。あなた方は神から選ばれたといっても言い過ぎではない人間です。大部分の自分たち凡人を感服させると同時に楽しませる義務があると思うわけです。そしてプロであるからには自分が求めることは、

・生で見にきた人にとっては入場料+野球を見に行かなければ他のことで得られたであろう価値
・テレビを見ている人にとっては視聴料+野球を見なければ他のことで得られたであろう価値

に見合うものを提供してくれ!ということです。こういうところがつくづく自分の専門の思想の枠組みに縛られているとは思うのですが、貴重な時間を割いて野球にかかわってくれた人に対して満足できる価値を提供する義務はあるのではないかと。それがプロ意識ではないかと思うわけです。そして今の巨人の若手を見ていると、

この部分のプロ意識を感じられる選手がいない

わけです。別に見る側としてそれは成果(結果)に対して求めているわけではなく、プロセスに対して求めているわけです。プロにしかできない技術を披露するとか、客に一生懸命な姿を伝えるとか、「他のことをしなくて野球を見ていていい時間を過ごせた」という意識を芽生えさせなければダメです。「多くの人の子供の頃の夢を託されている人間なんだ。だからこそ彼らを何らかの形で満足させなければならないんだ」という意識と自覚をもってプレイしてほしいです。

自分も仕事柄「他の代替する手段があるのにわざわざ来てくれている」という人に対して、それをしなくてよかったと思える何か」を供しようという意識はあります。できているか?というと自信はないですけど。また学生時代の飲食店バイトの頃にも「プロ意識をもて!」という指導を受けて自分なりに「プロ意識って何だろう?」と考えたのが「この店にきてよかったと思わせる何かを提供する」ということでした。

そして今の巨人の選手に対してどうしてもそういう意識を感じることが自分はできないんです。それが負けつづけていることよりも不満として大きいです。とにかく悔しいとは当然思いますが、見ている人を絶対に満足させるという意識を前面に出してほしいのです。

カバラ占い宿命編

こないだは性格を書いたのですが、今回は宿命を。この占い日ごとの占いも出るのですが、22日の占いで

浪費に注意

と出たのですが、ものすごくビンゴでした。仕事に行く前に調子に乗って行列店で食べていたら、想定していた電車に乗り遅れ15分あとの電車に乗ったらタクシーで行かざるを得ない状況になり、タクシー代1300円なんて払ってしまいました。これなんかは額の大きさはともかくとして浪費ですよね~。

ちなみにこれを書いている28日は「金運不調」なんて出ています。帝王賞の馬券は買うなということでしょうか?

さて今回は「宿命」を。これが示しているのは一言で言えば人生です。何で今こんな状況になっているのか?が見えてくるはずです。

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あなたの宿命

 誕生数はあなたが持って生まれた宿命を示します。91E。さんの人生に与えられた大きな目標、その基礎となる環境や運気を教えてくれます。宿命は不変的で、自分で変化させることはできませんが、あなたに与えられた運命の意味、世界の意思を知ることができると思います。
 誕生数5を持つ、あなたの宿命は「開拓者」になることです。行動力と驚異的な適応力、他人を感化させてしまう能力、すべてを吸収しようとする柔軟性な知性。91E。さんに与えられた有り余るほどの能力は、すべて「開拓」する宿命の元に与えられています。この誕生数をもつあなたに定住の地はありません。風のように、渡り鳥のように、いろいろな場所を渡り歩き、その場所に新しきものを創造し、他人に可能性を与える役目を持っているのです。さすがに吟遊詩人や冒険家といった、生活は現実的に難しいでしょうが、今の場所に落ち着きを感じますと、どこか見知らぬ場所を目指したくなります。理屈的には、居心地も良くて何の問題もないはずなのに、なぜか、捨て去りたくなる習性があるのです。自分でも、理由がなかなか理解できないのですが、それは宿命の作用でもあるのです。あなたは多くの場所を渡り歩き、様々な環境にふれ、たくさんの人々の価値観を知らなくてはなりません。その中で、おのずと91E。さんのやるべき事や「具体的な宿命」に気づくはずなのです。誕生数5の人にとって、幸運の鍵は「決め付けない」ことです。あなたが経験してきた多くの事は、いつか必ず一つになるはずです。その「一つになったもの」こそが、あなたにとって人生の全てを賭ける存在であり、成功の扉となるはずです。

あなたの人生の目標

 姓名数が示す運命は、あなたの最終的な人生の目標であり、運命の「完成点」です。
 姓名数7をもつ、あなたの最終的な目標は「個性の確立」でしょう。誕生数が示す宿命やパスによって、人生の過程は様々な展開をみせるでしょう。いきなり個性を発揮する人もいれば、他界する間際にようやく自分の個性を見つける人もいます。いずれにしても、姓名数7の人の、あなたの運命の終着点は「自身の個性」見つける事なのです。個性とは言い換えれば、あなただけの役割です。この世に生をうけて、91E。さんだけの「何か」を残す事ができるかどうか、という事です。そして、それは、あなたの運勢を開く鍵となります。二十歳で「それ」に気づくのと、歳を取ってから「それ」を意識するのでは、残せるものはかなり違ってきます。もちろん、最終的に「それ」に気づけばそれでいいのですが、充実性としては、かなり開きがでてしまうかもしれません。「常識」と異なる事を目指して、進み続ける事は勇気がいるものです。そこには、孤独に悩み続ける日々があるかもしれません。さらに、姓名数が示す目標は、誕生数が示す運命とは異なり、必ずしも必要な能力を確約してくれているものではありません。長い人生の中で、あなた自身に足りないものを見つけて、それを補い、成長させる必要があるのです。その先に存在する、「あなただけの個性」を手に入れた時、金銭的な富や社会的な地位など比べ物にならないほどの幸福感を得られると思います。

あなたの運命の流れ

 誕生数は宿命を、姓名数は目標を示してくれますが、パスはその過程に起こる影響を示しています。パスは個々の運命における道筋(誕生数から姓名数)の中で、91E。さんが遭遇する、いろいろな出来事や、環境を教えてくれます
11番のパスをもつあなたは、その象徴である「運命の輪」の名のとおり、波乱万丈な人生を歩む可能性が高いといえます。「運命の輪」をパスに持つ、 91E。さんは、基本的には、幸運を約束されていまし、その幸運度も、他のパスより遥かに高いです。そのため、11番のパスの人は、努力を怠っても、それなりの成果を出せたり、思わぬ出来事で成功したりします。「意思」や「思わく」を超越したところで、物事が動いている事を、子供の頃から感じ取ってしまうでしょう。ただ、それだけに、本来の力を出し切れない事が多く(全ての力を発揮する間ももなく、結果が出てしまいますので)、能力を最大まで磨き上げる前に、ある程度の結果が出てしまいます。また、そうした経験が悪い方に傾いてしまうと、重大な局面で無謀な賭に出てしまい、あっけなく玉砕してしまいます。「運命の輪」はとても幸運ですが、常に幸運を与えてくれる訳でも、約束している訳でもないのです。「上昇」か「転落か」という、人生の分かれ道は、平等に存在しています。「幸運」という、ぬるま湯に浸(つ)かりすぎると、失敗しても「今回は運がなかった」と、反省もしなければ、努力もしなくなります。「運も実力の内」とは言いますが、「運」だけで、物事が成り立つはずはありません。「運命の輪」を持つあなたには、「分かれ道」を多く与えられます。幼い頃は、幸運が味方してくれるのでどの道を選んでも構わないのですが、「運」にあぐらをかけば、必ず失敗をすることになります。幸運に感謝し、自助努力を怠らなければ、91E。さんは、大いなる成功を確実に得る事ができるでしょう。
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うまく行かない場合は努力不足ですか・・・。常識と異なる人生、まぁ確かにそうですね。確かに学生時代もっとも規律に厳しいと考えられる「銀行」という業界に全く魅力を感じなかったことは間違いないですし。「決め付けない」ですか~。頭にいれておきましょ。

ディープインパクト

さすがにこの馬に関しては競馬に興味がなくてもニュースなどで見て知っている人は多いと思うのでこちらに。有馬記念で負けて泣いたファンとかいましたが、自分はこの馬に関しては2歳時点の6月からPOGのもち馬として応援してきました。なのでダービーまでは気合は違ってたという小自慢からいきます。このときの儲けで会費10000円の飲み会を2回こなせたのはありがたかったです。これに関しては「ディープありがとう」と心から言います。

それはともかく26日に行われた宝塚記念ですが、これを見た感想は、

ディープインパクトなんじゃこりゃぁ!

これしか出ません。競馬歴何十年の人もこの日生まれて初めて競馬を見たという人でも持つ感想は一緒です。なんというかもうすべてにおいて次元が違うとしかいいようがないです。なのでこの馬が出るレースは「馬券が売られてさえいればどんなレースでもOK」という自分としては、

あんまり興味を抱かない

というのが正直なところです。ハーツクライとメイショウサムソンと強豪外国馬を除けばこの馬に勝てそうな馬はいません。なので今回の宝塚記念なんかは普通にこの馬が予想通りの勝ち方をするんだろうなぁというくらいの興味しかもはやもっていませんでした。なので

いっそのこともう日本に戻ってこないで、ずっと外国でレースを走っておいで

という言葉をかけたくなります。間違いなくいえることは「この馬で凱旋門賞を勝てなければ今後日本馬で勝つ可能性のある馬は出ない」ということでしょうか?ここを勝ってブリーダーズカップになだれ込んでしまえとさえ思うくらいです。ただし有馬記念はメイショウサムソンとハーツクライとの激突の場だからそれはまぁいいかなと思います。

今回のディープインパクトは馬券の売上という部分からは最悪だけど、競馬に対する興味を広げたという部分では大きいでしょう。PO期間終了後のディープインパクトを応援する心理は馬券第一の自分としてはさっぱり理解できませんが、それでもこないだの京都競馬場にはディープインパクトの勝負服を着て応援に行くほどの人が出たとのこと。いやはやすごいなと感心。ところが自分自身恐ろしいことに気がつきました。

ディープインパクトが出たGIの馬券を全部外している

実はこの馬が出ているレースは2着3着が結構荒れているんです。馬券遍歴については続きを見るをクリックしてほしいのですが、実は2着か3着に必ず5番人気以下の馬が最低1頭食い込んでいるんです。なので人気上位で3位までに収まるというケースは今までありません。なので思った以上にディープインパクトが出るレースも馬券としては面白い部分はあります。その原因についてちょっと考えてみた推理としては、

ディープインパクトに勝とうとする騎手とディープインパクトはハナから無視している騎手両方の存在

なのではないかと。人気サイドはある程度ディープを頭に入れてレースをしつつ絶対的能力で負ける一方、無視している馬は漁夫の利で知らない間にディープをつぶそうとしてつぶれた馬を差しているということがあるのではないかというのを個人的には感じています。

そんなわけで「漁夫の利をかっさらうのはどの馬か?」というのを考えるのが面白いということに気づき、たまには日本で走ってくれてもいいよという気持ちになってきました。

続きを読む

進学校で勉強に苦しむ子

こないだ奈良で家に放火して義理の母親とその子供を2人死なせてしまったという事件があり、某仏教系有名進学校(硬式野球部はない)の高校1年生が逮捕されるという事件がありました。

なんかこの事件を見ていると個人的に他人事とは思えないのでいろいろと思ったことをつらつらと述べたいと思います。まとまりはないとは思いますが、それは自分がリアルに感じた部分がありそれでまとまらないものと理解してください。

実は自分も私立ではないですが県立のそういう学校を卒業しました。自分としては「名門校卒」という事実が誇りですしプライドです。嫌な奴と思ったらごめんなさい。とにかく自分がもししゃれにならないことをしたら、

堕ちたエリート、挫折に弱いエリート

なんて朝8時に小倉智昭に偉そうに語られるのはオチです。それがわかっているので絶対にそういう状況にならないようにという頭はあります。まぁ自分は幸運にもその学校に入学できたわけですが、それと同じように、

不幸にしてその学校になってしまったと感じた人もいた

わけです。当時のうちの県では「学力平準化」のお題目のもと総合選抜制度が導入されており、半分の優秀な人と半分の普通の人をうちの学校に入学させていたわけです。自分も半分の普通の人というポジションで入学しました。一番最初や2回目の定期試験では、

苦手科目では赤点寸前

なんてことになっていたわけです。もちろんクラスの中の順位は半分以下でした。入学時に書いた書類の「第一志望 一橋大学」なんて文字ははるか遠くに感じたのも事実です。(最後まではるか遠かったのですが・・・)本当にこの段階で「この学校で自分はやっていけるのか」とまじで不安に感じたものです。

同じように感じた人は実際に結構いて(後から聞いた話)、実際にやめてしまった人も全体で10人はいます。これって割合としてはものすごく多いように感じます。多分その今回事件を起こしてしまった彼もそのときの自分と全く同じように感じたのではないかと思っています。なので自分としては放火する前に

もう1年とりあえずがんばってみ?

という言葉をかけられるならかけたかったです。1年経てば外部の人が入ってきたという環境にもなれて要領をつかめると思いますから。実際自分もなんとなくつかめましたから。そんなわけでその部分を本当に残念に感じてしまいました。もっとも同じ学校に4年目と考えると自分とは事情が違うのかもしれませんが。

さらに言えば、自分の学年より上の学年の人には自ら命を絶ったという人もいたようです。これを知ったときには本当にショックを受けました。実際は自分とその人の差は「1年頑張ってみた」だけかもしれないのです。精神状態としては多分今回の彼と同じでそれがそれが自分に向かったか他者に向かったかの差だったんでしょうね。

今回の件は「医者の父親の厳しい指導」も追い詰めに加速させたようです。やっぱり自分の友人にも「父親の厳しい締め付け&父親の息子への興味は成績だけ」という人がいまして、いろいろとつらい思いをしたようです。今回の彼を見ているとその友人のことも思い出してしまいました。多分今回の父親もそんな感じで進学校の中で成績が上がらない状況で追い詰めていったんだろうなぁというのは感じます。もちろん悪気はないとは思いますが、その「悪気のなさ」が却ってたちが悪いということはよくあります。

そんなわけで今回の件は行為そのものの是非は抜きにして、わりとその高校1年生に対して同情的です。多分父親は人生順調に行ったんだろうなぁ、だから弱い人の気持ちなんて理解できないんだろうなぁというのを感じました。

カバラ占い

ネタが埋まらないためにこれをやってみました。こちらです。ひらがなで苗字と名前を打ち、さらには生年月日と性別を打つことで求められます。本名はばれたくないのでHNにしてみました。カバラとはこんな感じのものです。

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カバラは元々は、ヨーロッパに古く(3世紀から16世紀頃)から伝わる神秘主義的な経典の一つです。宇宙創造を説いた思想の一つで、ユダヤ人によって体系化され、伝承されました。生命の樹(別名セフィロトといいます。)と呼ばれる象徴図形(東洋でいう曼荼羅です)は、西洋魔術の理論的根拠ともなりました。このうち、数字がもつ神秘性を運命学に応用し、確立させたのが数秘術といわれるものです。カバラの思想を基礎として、数秘術による占いの解読を行った占術をカバラ数秘術といいます。カバラは占いとしてもとても優れていますが、思想としても大変優れています。最近は、マドンナさんやブリトニー・スピアーズさんなど、著名人のカバラへの信仰が有名になったり、赤い紐(カバラで魔よけの意味がある)を身に着けたファッションが流行るなどカバラは世界的な知名度になりました。
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確かにカバラってどこかで聞いたことあるよなぁという意識があったので、他のものよりまじめで根拠があるだろうという意識でやってみました。性格に関する部分については以下のとおり。ってかいい年こいてこんなものやるなんて不惑まであと○年とは到底思えないほど惑っているのだけは間違いないです。

貴方の本当の性格と本質

 誕生数はあなたが生まれた時に、ご両親と天から与えられた純粋な性格を示します。人は性格は、永遠に生まれた時のままではありません。いろいろな経験や出会いを得て、成長しながら社会へと適応していこうとします。本来の性格の長所をそのまま成長させる人もいれば、別の人格を心の中に作って順応させようとする人もいます。カバラの誕生数は、あなたですら忘れているかもしれない、成長前のオリジナルな性格を教えてくれるのです。
 誕生数5の人は、「行動力」と「活動力」に満ちあふれています。フットワークが軽く、好奇心が旺盛(おうせい)で多趣味。新しく新鮮なことに目がありませんので、興味を覚えたらすぐに行動を起こします。誕生数5を持つ91E。さんも、一カ所に留(とど)まる事はできないタイプで、空を流れる雲のように、何処(どこ)までも、自由に流れていきたいと思っているでしょう。実際に、友人などから「つかみ所のない人物」と称される事が多いかもしれません。まるで、風に乗ってしまった風船のように、見知らぬ場所に行ってしまうのですが、その新天地でも、あなたはあっと言う間に順応してしまいます。誕生数5の人は、とても器用な心を持っています。相手の長所や短所を見抜き、即座にそれに自分の心や人格を対応させる事ができるのです。洞察力と心の柔軟性は、対応力に優れているだけでなく、相手の長所すらコピーしてしまいます。また、あなたは修羅場に遭遇しても、心の中の動揺とは裏腹にポーカーフェースで大見得(みえ)を切れる大胆さもあります。しかし、その器用な精神が適応しすぎて、人格を分裂させてしまう可能性があります。5の人は、友人といる時、会社にいる時、恋人といる時、一人でいる時・・それぞれに別人格を形成しやすく、どれが本当の自分の人格なのか、分からなくなってしまう事もあるでしょう。ただ、分裂性が極端にならなければ、生活に障害を与えることもないでしょう。また、内部人格に語りかけてしまう人が多いので、独り言が多いのも特徴です。

性格の表層意識と成長

 姓名数は、あなたの性格の成長傾向を教えてくれます。あなたにとって人格の目標であり、憧れとなる人格像が姓名数となり現れます。また、姓名数と誕生数の要素が矛盾しない場合には、裏表のない性格になりますが、この二つが表裏の関係になりますと、本来の性格と理想の性格とのギャップから、別の人格が生まれやすくなります。
 姓名数7をもつひとは、「ユニークでありたい」と考えます。他人と同じではなく、オリジナリティーを表現したいと考えます。それを実現するために、まず、様々な視点から物事を考えようとするでしょう。何かと変わったことを考えて表現するため、周囲から「変わり者」と言われやすく、その呼称も心地よかったりします。常に「少しでも違う何か」を探しているため、洞察力はかなり鍛えられていくはずです。ただ、自分が見つけた「新しい価値観」に執着しやすく、それを否定されると激しい怒りを覚えます。姓名数7の人は、心と表面意識に二面性ができやすいため、冷静を装っていても、心の底で憎悪が増したりします。また、相手の心理を洞察する力にも長(た)けていますので、安っぽいコミュニケーションは、面倒に感じてしまうでしょう。7の人は、あまりにも個性が強すぎて、交友関係が狭く、限定されてしまいがちです。姓名数7の人は、本心と表面意識が分裂しやすく、どんどん神経質になってしまう可能性があります。小さな頃は、自分の「思い」や「考え」を、誰に対しても楽しく話せていたはずです。その気持ちを思い出して、あなた自信が、会話やコミュニケーションを楽しもうとすれば、その気持ちは少しは和らぐと思います。ただ、どうしても、知識を披露したがる傾向があるので、独りよがりにならないように注意しましょう。

あなたの潜在的性格

 11番のパスはタロットカードにおける「10番、運命の輪」に対応しています。パスは91E。さんの性格形成において、潜在意識と表面意識の中間くらいに存在します。表面意識への影響力が強く、より心の動きに近い性格です。そのため、パスが示す性格は、重要な決断を迫られた時など、意思や倫理を介さないような、感情的な場面で表面化しやすい特徴があります。
 このパスを持つ、あなたの隠れた性格・・それは、その名の通り「運命」です。程度の差はありますが、91E。さんは「運命(偶然という不可抗力)の力」を意識し、それが、人生の分岐点での重大事項だと、認識しているはずです。このパスを持つあなたの思考や行動の基本的な部分は、誕生数や姓名数が示しますが、重大な判断を必要とする局面では、必ずと言っていいほど、その時の「運気」を気にするはずです。単純に、占いなどを見て「運気」を決める訳ではありません。これまでの「経験」や「感覚」から、「運の波」を察して、判断するのです。11のパスを持つ人にとって、「運の波」は、かなり絶対的な価値を持っています。現実的な環境や事象を、冷静に判断して、その結論が出ていたとしても、最終的な判断は「天命」的な直感に従ってしまうのです。その「運の波」を判断する能力は、個人によって差異がありますが、概して、外れません。経験を積めば積むほど、その能力は磨きを増します。このパスを持つ人は、「運の波」を軽視することはありません。「ここだ!」と直感的に感じた時には、簡単だろうが、無謀だろうが、大きな賭(か)けに出ます。また、このパスを持つ人は、抜群の適応能力を持っています。いかなる環境や、人間関係でも、円満な関係を築き上ることができる人です。本能的に、ギャンブルのような「どちらに転ぶか分からない」事を好む傾向があります。「運命の輪」は幸運の象徴であり、さらに、カメレオンのような環境適応性がありますので、何をやっても成功できる可能性を持っています。しかし、その「勘」に頼りすぎて、怠けるようになってしまうと、「運命の輪」は容赦なく逆転し始めるでしょう。
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この内容についてですが、悲しいくらい間違っていません。そもそもギャンブルを好まなければこんな人生歩んでいません・・・。そして二面性はすごくあります。自分自身の嫌いな言葉が「わかりやすい」「ひねりがない」ですからそうなるのは必然です。これにはさらに「宿命」「恋愛」「適職」もあるので最大で3日間は引っ張れるんじゃないかと。
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